ある大学での講師控室で本を読んでいると、国文学者のF先生がニコニコして、部屋に入って来られた。
私「先生どうしたんですか?何かいいことでもあったんですか?」
F「いえね、今、そこのうどん屋さんで『あんかけうどん』をたべてきたんですよ」
私「ええ・・・」
F「それでね、『あんかけ』の話しになって、『あん』って『かたくり』を使うでしょ。うどん屋のご主人と話してて、どうも『かたくり』ってどういう具合いに出来るのか知らなかったみたいなんですよね。それで、ひと講釈、語ってきましてね。気持ちよかったんですよ。のりも君は知ってる?」
私「いいえ・・・知りません・・・」
F「やれやれ、現代っ子は植物が身近じゃないもんねぇ・・・。
あのね、『かたくり』って、植物学的にはユリ科の植物で、
紫色のきれいな花が咲くんですよ。
その茎からデンプンを取って、粉にしたのが『かたくり粉』なんですね。
だけど、『かたくり』っていうのは、古来より春の花の代表で、
たとえば大伴家持なんかも
『もののふの 八十娘(やそおとめ)らが くみまがふ
寺井の上の堅香子(かたかご)の花』
って詠んでるんですよ」
私「はぁ・・・?」
F「これを簡単に現代語訳するとね、
多くの娘さんが入れ替わり立ち代わりお寺の水を汲んでいるよ、
その井戸のそばにきれいなかたくりの花がさいているのは、
まさに春だなぁ
っていうぐらいでしょうかね」
私「ええ・・・」
F「それがうどん屋のご主人には、気に入ったみたいで、
つぎに『かたくり』を使った新うどんを作ったときには、
『かたくり』の意味の 堅香子 を使おうっていうことになってね。
なんだかうれしくてねぇ・・・」
私「ははは・・・・なるほど・・・」
堅香子の花に額田の王を戀ふ (上村占魚)