norimoyoshiakiの日記

新たに、ブログを開設しました。大学時代のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

健康診断

 5月の終わりごろになると、大学では健康診断が実施される。わたしたちにすれば、これがやっかいでる。大学学生全員の大人数の健康診断であるから、実施日および時間が決められている。

 

   月曜日の1限目などに当たれば、大変である。眠い、遠い、荷物が重い、遅刻すれば再検査となるなど、不都合が重なる。とにかく、指定日時に遅れないように、必死で総合体育館に駆けつける。ただ、若い元気な時期の検診であるから、問題などは出ないし、再検査などは、ほとんどなかった。

 

   検査日当日、検査問診用紙を手に、長い長い列にならび、受付で検尿用の紙コップを受けとり、トイレにゆくと、ここでも順番待ち。やっと、身長、体重、胸囲等々を計り終え、最後に残るのが、レントゲン撮影。これらを済ませて悪友たちを待っていると、

  Hが出てきて、いわく、

「メガネを、かけろってさ」

「なんで?」

「上から3つめまでは、当たったんだよ。4つめから、あてずっぽうで言ったらだめだった」

あたりまえだ、とみんなで大合唱。

 

 最後にFが青い顔をして出てきた。

「どうだった」と聞くと。

「再検査」と、ぽつんという。

みんなが、ええ~、なんで?

「昨日の晩、飲みすぎた」

ばか、検査前日に大酒飲むなよ。

 

            大酒に起きてものうき袷かな(宝井其角

「ベルばら」ブーム

 昭和48年に池田理代子原作の「ベルサイユのばら」という漫画が一大ブームとなり、女性ファンの間で、静かではあるが、大きなうねりを生み出すさわぎとなった。

 そのブームにさらに火をつけたのが、宝塚歌劇団による全国各地での公演であった。

 

 ところが、大学の同期の女子学生にきいてみても、それほど騒いでいる様子がない。

大学生であるために、原作漫画を読むという習慣がないのである。

「え、あれは少女マンガでしょ。それは、少なくとも中学校で卒業よ」

という具合である。

 

 男子学生のように、まんが週刊誌をかかえて大学へ来るというような、彼女たちにいわせれば、「みっともない」ことはしない。せいぜい、マニアたちが、家でちょっとした楽しみに「ベルばら」を読んでいるにすぎないのである。

 

 一方、宝塚歌劇団のベルばら公演は、この後、大盛況となり、一大ブームを巻き起こ   

 した。

 初演での話題は、このベルばらを演出したのが、二枚目俳優として名を馳せた、

 長谷川一夫であった。

 それまで、宝塚歌劇団はテレビなどにおされて、いわばピンチに立っていたのである。それが、昭和49年の初公演から火がつき、男性ファンを巻き込んで、女性ファンの大きな宝塚ブームを生み出した。

 

 まんがが、演劇や映画の題材となった嚆矢ではなかったろうか。

 はなやかな時代である。

 

      薔薇の園 引き返さねば 出口なし  (津田清子)

八十八夜

 サークルで、民法の期間と時効の勉強会があった。期間というのは、たとえば、5月1日から3日後にお金を払いますと約束するその長さをあらわす。3日後というのは5月4日となる。法は、いろいろな理由で、期間計算では初日を算入しないこととしている。

 

 ここから、わたしを含む悪友たちが、たまり場で、ばかな議論の花を咲かせる。

A「なぁ、八十八夜っていうだろう」

B「ああ、♬ 夏も近づく八十八夜。トントン~って歌うあれだろぅ」

A「うん、あれは期間計算としてつかえるかなぁ。たとえば、5月3日にお金を借りて、八十八夜の日に返しますという約束をしたら、これは有効かなぁ」

C「八十八夜って、なんだっけ?」

A「ええっと、立春の日からかぞえて、88日目の日のことだろう」

C「立春って、春分の日?」

B「ちがうよ、ここから春がはじまるっていう日だよ。毎年変わってくるんだ」

C「じゃあ、返済日が確定しないじゃないか」

B「いや、確定はするよ。その年の暦をみればいいんだから」

手帳のカレンダーを見ながら、

B「ええっと、今年なら5月2日だよ」

A「ということは、ことし5月3日にお金を借りて八十八夜払いという約束をすると、今日借りたお金は、前日払いということになるよなぁ。契約は成立するかなぁ?」

全員「うぅぅぅん・・・・・・・どうやろう?」

 

 なんでやねん。そんな契約、意味ないやろ!!!常識で考えても、無効や無効。あるいは不成立!!! 期日が先に来る金銭を貸付ける契約なんか、成立しません!!

                                  (天の声)

 三人で「ばかの花」を咲かせていました。

       

       山里に 花咲く 八十八夜かな(子規)

交通ゼネスト

 昭和48年の春、大きな交通ストライキがあった。このときのストライキの規模は極めて大きく、午前中に国鉄交通がすべて止まるということになった。これは、大変なことである。公共交通機関がすべて止まるわけであるから、サラリーマンは大変である。会社が従業員のために、布団の用意をして、会社に宿泊できるように手配したり、都市のホテルを予約したり、早朝に送迎バスを手配する企業まであらわれたのである。これは、テレビや新聞で一大ニュースとなった。 

 

 われわれ学生は、申し訳ないが、この日、いちにち通学をがまんすればよいので、さしたる被害はない。むしろ、学校が思わぬ休校となるので、かえって、わくわくすることすらあった。

 

 しかし、高度経済成長の真っ最中で、サラリーマンは企業戦士と呼ばれて、猛烈に働くことが美徳とされた時代で、交通機関がストップするからといって、休むことは考えられなかった。

 

 このときの、サラリーマンなどの欲求不満は頂点といえた。たしかに、国鉄職員も労働者であり、ストをするのは仕方がないという考えもあったが、この年を頂点にして、数年の間、ずーっと長いストライキが続き、なぜ、国鉄ばっかりこんなストを起こして、社会を混乱させるのかという不満が徐々に高まってきていた。

 

 そのとき起こったのが、上尾事件という国鉄乗客の暴動事件であった。この事件をきっかけにして、国民の国鉄労働組合への批判が高まり、やがて、国鉄が解体されて分割民営化するきっかけのひとつとなったといわれた。

 

 われわれは、その後、大学の労働法での講義で、生きた労働法制に影響を与えた事件として取扱われたおぼえがある。

 ある意味、バイタリティーあふれる昭和の真っただ中であった。

 

    散れば咲き 散れば咲きして 百日紅さるすべり)  (加賀千代女)

国盗り物語

 昭和48年に、NHKで「国盗り物語」が大河ドラマとなった。わたしは、1年前のドラマ化発表以前に、文庫本でこのものがたりを読み終えていた。ドラマ化が発表されたとき、ある種のときめきを感じたのを忘れられない。

 

 どういえばいいだろうか。自分がたまたま読んでいたテーマのものがテレビで映像化されるという、自分自身に先見性があったという、ちょっとした自慢、ドラマ化されれば、本で読んでいた時とどのようにイメージが重なるか、という楽しみ、テレビがこの作品をどのように表現するのか、ということであった。

 特に気になったのは、原本での斎藤道三が、若いころの生きざまのなかに、しぶといが、確実な動きで、美濃一国をうばってゆくという状況を、どのように表現してゆくのだろうか、ということであった。

 

 斎藤道三(わかいころは松波庄九郎であるとする)の京からの働きからはじまるのであろうと想像していた。

 配役で、道三を平幹二郎が、信長を高橋秀樹が、演じるというものとなった。ふたりとも手堅い、花のある役者である。

 しかし、わたしには、何かしっくりこない。本では、斎藤道三織田信長は両雄の設定で描かれている。

 

 ドラマでは、やはり、高橋秀樹に、より花があるのだろうか、結局は、織田信長が話題の中心として展開してゆくのであった。

 

 うぅん....司馬遼太郎の原作イメージとはちがうんだけどなぁ・・・・・・

 NHKでは、いわば「高橋信長」を『真っ赤な薔薇の花』のように表現しているようであった。

 

    薔薇の花 今や終の近づきて 限りも知らず甘き香を吐く

                              (与謝野晶子

ハイセイコー10連勝

 大学生のときの5月、競馬のハイセイコーNHK杯に勝利して、10連勝となり、すさまじい話題となった。競馬というのは、ギャンブルで、われわれ仲間でもあまり人気のない競技であった。というのも、競馬というのは、どうしても、暗いというイメージがぬぐえない。

 ところがである。ハイセイコーという馬が地方競馬から、中央競馬に転出してきて、めきめきと頭角をあらわすと、その人気があがり、テレビで何度も何度も、放映され、競馬人気が沸騰したのである。

 

 ここで、法学部生の悪い癖が出る。

「競馬はギャンブルだろう。なんで、賭博罪にならない?」

 

 先輩に聞くと、

「競馬は、競馬法という法律によって、違法性がないものとされていて、国や地方公共団体が競馬という娯楽を提供することによって、いわば、国民の福祉に貢献し、その収益の一部を公益のために使うことで、法の範囲内でそのギャンブル性を許容しているんだよ」と。

 

 われわれは、そうかぁ、国や公共団体が胴元の「ばくち」は違法ではないのか、と思ったものである。われわれの仲間でも、幾人かは馬券を買っていた。

 

      双六に負けておとないく美しく (虚子)

ある愛の詩

アリ・マッグローライアン・オニール主演の映画の話しではない。

ある日の朝、大学の中庭へゆくと、井川先輩と同学年のしほり嬢が、口げんかをしている。

 

しほり「だから、いったでしょう。原稿を書いてコピーをしておいてって」

井川「聞いてないよ。昨日の帰りは、一緒の電車じゃなかったろう?」

しほり「言ったわよ。わすれたの?まちがいないんだから!!」

しほり先輩は、いったん言い出したら聞かない。

 

 最後には、苦笑いしながら、井川先輩が、

「わかったよ、民法の事例問題を3問つくって、研究会用にコピーしておけばいいんだな。今日の夕方までにやっとくよ」。

 これで決着がついた。

 ふたりは、夕方の民法研究会のチューターであり、研究会資料作成で、もめていた。

 

 しほり先輩は、つぎの時間の講義があるからと、学舎の方へ行ってしまった。

 

 たばこを吸いながら、ひと息ついている井川先輩にわれわれが、

「先輩、どうなってるんですか?いつも、先輩がしほり先輩にやらっれっぱなしのように思うんですけど・・・・」と聞く。

 

 「ああ、あいつは現役だから俺より1つ年下でな。うちにも同い年の妹がいるんだよ。どちらも、言やぁ、わがままなんだけど、どうも、最後には、あいつの言うことを聞いておかないと、しかたがないんだよ。研究会つぶすわけには、いかないだろう?」

と、ぼそっといいながら、煙をはきだしていた。

 

 あれれ、やさしい。そうか、結局、しほり先輩は、井川先輩に甘えてんだなぁと、みんなが納得した。

 後年、二人は結婚したそうである。

 

        早乙女や泣く子の方に植えてゆく (乗拾)