norimoyoshiakiの日記

昭和40年の後半からの学生生活と、その後のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

桃の花

 昭和60年ごろ、ある大学の研究室で国文学者のF先生と久しぶりに出会った。

 

私「先生、おはようございます」

F「あぁ、のりも君。少しあったかくなってきましたね。元気ですか?」

 

私「はい、有難うございます。畑の方はいかがですか?」

F「まぁ・・ぼちぼちですね。それより、今日はひな祭りでしょ。わが家は女系家族だから、にぎやかな夕飯になるんで、楽しみにしてるんですよ」

 

私「あれ・・・白酒じゃぁ酔えないんじゃないんですか?」

 

F「はは・・・私だけは灘の生一本ですよ・・・当たり前じゃないですか。わが家のひな祭りのお客さんなんだから」

 

私「はは・・・お客さんですかぁ」

 

F「そうですよ。わが家で唯一の男で、いわば『お内裏様』なんだから」

 

私「奥様もたいへんだぁ・・・♪灯りをつけましょぼんぼりに お花をあげましょ桃の花~ ですね」

 

F「それは、童謡でしょ。私なら

    春の苑 紅にほふ桃の花 下照る道に 出立つおとめ(大伴家持

                         の情景を思い浮かべますねぇ」

 

私「あぁぁぁ・・・桃の花が一面に咲いてる情景ですねぇ・・・」

 

F「ね、豪華でしょ・・・」

 

         悦楽か怡楽か桃の花ざかり(森澄雄

  ♬ 花は流れてどこまで行くの 人も流れてどこまで行くの ・・・・

    泣きなさい 笑いなさい いつの日か いつの日か 花をさかそうよ・・・

           (『花 ~すべての人の心に花を~』作詞・作曲 喜納昌吉

 

 昭和60年ごろ、大学の地下食堂でハチヤ君と。

 

私「やっと、3月だよなぁ・・・明日はひな祭りかぁ」

ハ「花の季節に入ってきましたね。梅とか桃とか・・・♪なきなさぁい~ わらいぃなさぁぁい~ いつの日か いつの日か 花をさかそぉよ~ なんてね」

 

私「ちょっと、その歌の意味とは違うと思うがなぁ・・・」

 

ハ「ははは、まぁそんな細かいことはいいじゃないですか。ところでね、のりもさん。春の花といえばフクジュソウって知ってます?」

 

私「フクジュソウ?知らないなぁ・・・どんな花?」

ハ「多分見たことあると思うんですよ。

  春の花で元日なんかにもよく飾られる黄色い小さい花で、

   漢字でも福寿草って書いて、おめでたい花だっていわれてるんですから・・・

   ええっと・・・切手の図柄にもなってるでしょ・・・確か・・・僕はカバンに、 

   あれが貼ってある郵便を持ってたはずなんだけど・・・

                      あぁ・・・これですよ」

 

私「ああ・・・十円切手かぁ・・・これ菊なのかと思ってたよ」

 

ハ「ぜんぜん違いますよぉ。菊は花弁が細くて重なってるのに・・

   これはちがうでしょ。

   早春に咲くいわゆる『春告花』なんで、秋の菊とは大違いですよ」

 

私「ははは・・・そうなの?」

 

ハ「それでね、だからこのフクジュソウは英語でいえば、

  スプリング・エフェメラル(spring ephemeral)になるんですよね・・・

       なんだかロマンチックだと思いません?」

 

私「え?どういう意味?」

 

ハ「エフェメラルって『はかない』っていう意味があるんですよね。

  そこから『はかない命の花』とか

      『春の妖精』なんて訳がつけられてるんですよねぇ・・・

                    いいなぁ・・・ねねね・・・」

 

私「・・・・・・・」

 

      福寿草に日の当たり居り言ふことなし (中村汀女

            ♬ 雪解け間近の北の空に向かい 過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時

                            帰らぬ人達あつい胸を・・・・・・・・ひとり旅に出る

                                 ああ・・・日本のどこかに 私を待ってる人がいる・・・♪

                                                                  (『いい日旅だち』作詞・作曲 谷村新司

 

 昭和57年3月1日に国鉄が青春のびのび切符を販売し始めた。

その頃の大学での仲間たちとの話し。

 

A「♪ いいぃひぃ~たびだちぃ~ なんてねぇ。どこかへ行きたいなぁ」

B「モモエちゃんキャンペーンかぁ」

C「何言ってんだよ。金欠だっていってたじゃないか」

 

B「おぃ、『青春18のびのび切符』っていう、乗り継ぎ自由の割引切符ってのが、国鉄から出たそうだぜ。安くで旅行できるかもしれんぜ」

 

新聞を読んでいるBが言った。

C「え?18切符?それって、フルムーン旅行キャンペーンの反対じゃないか?」

 

A「フルムーンって、あの高峰三枝子上原謙が真っ白なスーツ姿で、CMしてるやつか?」

 

B「何言ってんだよ。あんな豪華な旅行じゃないよ」

 

A「だから、18歳だけの安い旅行用なんだろ?」

 

C「18歳だけなら、いくら安くったってわれわれには関係ないだろ?」

B「いやぁ・・・命名は18だけど、別に18歳以上でもいいらしいぜ」

 

A「それ使うとどれくらい得するの?」

 

B「よく分からないなぁ・・・・」

 

A・C「♪ ああ~日本のどこかに~ 安くでいけるとこぉ ないのかなぁ~~」

 

B「・・・・・・」

 

                      春めきてものの果てなる空の色(飯田蛇笏)

しゅうとう

 昭和55年の大学地下食堂で、後輩のハチヤ君と。

私「もう、2月も終わりだなぁ」

ハ「そうですね。しゅうとう ですねぇ・・・」

 

私「え?しゅうとう?」

ハ「そう、冬の終わりで『しゅうとう』」

 

私「そんな言い方ってあるの?」

ハ「ありません」

 

私「なんだよそれ」

 

ハ「ははは・・・だけどね。終わりっていう字自体は、糸へんに冬って書くでしょ。

   それで『冬が終わる』っていうのを説明するときに、

   『しゅうとう』っていうことばを使ってもいいと思うんですよ?」

 

私「え?どういうこと?」

 

ハ「終っていう字は、典型的な象形文字なんです。

   糸というのは糸をいっぱい巻いてある糸巻をあらわして、

    冬っていうのはもともと四季をあらわすんじゃなくて、

           これも糸の端の最後をあらわす象形文字なんです。

   だから、終わりって、おおざっぱにいえば

     糸を巻いたものがさいごの端まで来ましたよっていう字なわけです」

 

私「うん・・・なるほど・・・」

 

ハ「でね、冬っていうのは最後って意味になるんですが、

  それが転化して四季の終わりの季節をあらわすようになったんですよね。

    春夏秋冬で冬が最後でしょ。ということはですよ、

  その冬の最後はもう一度終わりって言う字を付けなきゃならないじゃないですか。  

              だから終冬」

 

私「ううゥゥンンンン・・・・しかし、それなら

    文法的語順ではトウシュウ(冬終)じゃないかぁ?・・・・」

 

ハ「ううンンンンンン・・・・・そうかなぁ?・・・・」

 

   ・・・冬のおわりっていえばいいでしょ・・・・(天のこえ)

 

     何残るとなけれど冬日なつかしむ(右城墓石)

春よこい

    ♬ 春よ来い 早く来い 

      歩きはじめたミイちゃんが  赤い鼻緒の じょじょはいて 

               おんもへ出たいと 待っている ♪

              (『春よ来い』作詞:相馬御風 作曲:弘田龍太郎)

 

 昭和59年頃、ある大学の講師控室に、国文学専攻のF先生が戻ってきた。

 

F「うぅぅ~~~寒い寒いぃ~~」

私「先生、後期試験の監督ご苦労様です。終わりましたか?」

 

F「ええ・・・これが最後ですけどね、白いものがちらついてきましたよ。

 まさに清原深養父

     冬ながら 空より花の散りくるは 雲のあなたは 春やあるらん

                              ってとこですね」

 

私「きよはらのふかやぶ?」

 

F「あれ?知りませんか? 小倉百人一首にも

    『夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいずくに月宿るらむ』

                         っていう歌があるでしょ。

  あの作者で、ちょっと有名な平安貴族ですよ」

 

私「そうなんですか・・・」

 

F「この冬の歌なんかも、余韻のあるもので、雪が降るのを花にたとえて、

         早く春がこないかなぁっていう感情がよく出てるでしょ」

 

私「なるほど・・童謡でいえば『春よ来い』っていうところですよね」

 

F「うぅぅゥゥンンン・・・ミイちゃんじゃぁ可愛すぎるでしょ。

         赤い鼻緒もわたしたちじゃ似合わないし・・・」

 

私「・・・・・・・」

 

        磨ぎなほす鏡も清し雪の花(芭蕉

ノアの箱舟

 昭和54年ごろのこと。研究室でしゃれ者のOとたわいない話しをしていた。

 

O「ところでさ、今日はノアが箱舟から出てきた日なんだぜ。知ってる?」

私「え?ノアってあの・・・聖書にでてくるやつか?」

 

O「そうだよ」

私「なんでまたそんなことを言うんだ?」

O「いやぁ、この前なんとなく、読んでた本に、面白話しがあってさ。そのなかに出てたんだよな。洪水伝説っていうのは、世界中にあるんだけど、ユダヤ教キリスト教での旧約聖書では、神のおしおきである大洪水が、40日40夜続いて、水が引いて地上が乾いて箱舟から出られたのが、今日の27日なんだって」

 

私「へぇぇぇ~~~・・・・日にちまで記録があるのかよ」

 

O「ああ、旧約聖書の創世記に記載があるんだ」

 

私「なるほどなぁ。あの有名な、ハトがオリーブの葉っぱを持って帰って、水がひいたってことが分かったってやつだろ。それが27日かぁ」

 

O「ちがうちがう。それは、ハトがまだ地上に降りられないけど、水が引いてきたっていう合図にすぎないのさ。27日前だよ」

 

私「え?そうなのか?」

 

O「そうだよ。話しには続きがあって、その後もう一度ハトを放ったら帰ってこなかったので、上陸できたんだよ。

   お前がノアだったら、歴史は変わったろうなぁ・・・ハハハハハハ・・・」

 

私「・・・・・・」

 

     悔ゆる身を忘ぜんとする冬日かな(飯田蛇笏)

咸臨丸

 昭和54年のころ。大学の地下食堂で後輩のハチヤ君との話し。

 

ハ「のりもさん、今日は咸臨丸がアメリカへ向けて出発した日なんですよ」

私「咸臨丸?あの勝海舟が乗ってアメリカへ行ったってやつ?」

 

ハ「そうですよ。朝刊に出てたんで、まちがいないですよ。ところで、

咸臨丸の咸臨ってどういう意味だか知ってます?」

 

私「え?知らない。どういう意味?」

 

ハ「漢字の意味でいえば、咸っていうのは『ことごとくすべて』とか『みんな』っていう英語でいえばallって意味と、『和睦する』とか『心をひとつにする』っていう意味があるんですよ。臨っていうのは、直面するっていう『のぞむ』とか、『目の当たりにする』『統治する』ってことなんですよ」

 

私「うん、足すと『みんなで心をひとつにして事にのぞむ』ってことか・・・なるほど・・・」

 

ハ「ね。この命名は中国の有名な文献『易経』から採ったっていわれてんですよ。ま、アメリカに向けてこれから旅立つという船の命名としてはよく合うでしょ」

 

私「うん・・・だけど一つだけ不満があるんだよなぁ・・・」

 

ハ「なんですか?」

 

私「心を一つにするはずなのにさ、咸臨丸の咸の字に心がないじゃないか・・・・

   これ・・感の誤字?」

 

ハ「・・・・・・」

 

     冬の日のかき消されたるあとに在り(山口青頓)