昭和54年頃の話し。
二百十日あたりの休日昼すぎ。中学以来の友人Yの部屋で話していた。
私「おい、えらく風がつよくなってきたなぁ。早く帰らないと」
Y「ああ、台風が大阪に接近しているらしいからなぁ。明日あたりは電車が止まるかもな。まさに野分だな」
私「え?なんだそれ、どこかの小説の題名で聞いたような気がするけど」
Y「うん?高校の古典で習わなかったか?ええっと、辞書によるとだな、野の草を吹き分けるつよい風。「のわけ」「のわき」ともいう。にひゃくとうか、にひゃくはつかの間ごろに吹く強い風で、いまでいう台風に当たるってさ」
私「ふぅぅん・・・だけど、それでなんで古典なんだよ?」
Y「おまえねぇ。源氏物語の『野分』って、その帖名のひとつでさ、『紫の上』が出てくんだよ。そのときの、風情をこのことばであらわしてんだよ」
私「どんな風情?」
Y「ええっと、『野分の風は、肌寒さや心細さを感じさせ、人恋しくさせるものであった』ってさ」
私「うん・・・・そうか・・・かえるわぁ・・・」
Y「え・・・ほんとに、もう帰るのか?コーヒー淹れてやるから、もうちょっと、居ろよ・・・」
人を恋ふ野分の彼方此方かな(石田波郷)