norimoyoshiakiの日記

昭和40年の後半からの学生生活と、その後のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

天王寺

 大阪には、大きな繁華街が三つある。

北から順番に、梅田、難波、天王寺である。

 

 前二つは歓楽街という色合いが強いが、最後の天王寺は単なる歓楽街ではなく、わたしが小さいころから、学校、お寺、美術館、動物園、などがあり、わりあいに、大阪の昔からの文化の匂いが残る独特の街であった。

 

 研究室でOたちと話していた。

O「なあ、俺の家は大阪南部だから、この大学へは、地下鉄でナンバを通ってウメダまで来るんだけどさ。途中で天王寺を通るだろぅ。全部直通でさぁ」

私「ああそうだな。それがどうかしたか?」

 

O「いやぁ、昔、って言っても、中高校生のとき、大阪市内へ遊びにくるだろぅ。そうするとさ、俺のうちの方まで地下鉄なんか通ってないから、国鉄を使うのさ」

私「うん、それで?」

 

O「そうするとな、やっぱり子供だから、都会に来るのに緊張するじゃないか?」

私「うん」

 

O「でな、 買い物なんかでも、なんとか天王寺までは来れるんだよなぁ・・・それ以上の北の繁華街は、乗り換えもあって、まるでそこに、カベでもあるようでさ、恐ろしくて何か行けないんだよなぁ・・・・」

 

私「うん・・・・・・・・・」

 

 Oの気持ちは、われわれのような大阪南部に住む、人間にはよくわかった。

天王寺はまだ学校文化の延長としての香りがあるから、行きやすいのである。

 

大きな本屋もある、映画館も、美術館もある。

おもしろいのは、学校が多いせいか、筆や墨、美術用の道具の店、柔剣道の防具用具を売る専門店も多い。

 

学用品などの買い物も天王寺は便利であった。

 

さらに、何よりも、学生が多いことが安心感を与えていた。

 

つづけて、いわく。

O「何よりも、『食べる物』が安いもんなぁ」                                                 

私「なぁんだ、結局、そこかよ」

 

O「ははは・・・・」

 

      おぼろとはこの世のことか歓楽街(草笛 (note掲載))