昭和53年5月、テレビ画面で端正な顔の力士が昇進の使いを受けて、神妙に両手をついて
「つつしんでお受けします。心技体のじゅうじつにつとめ、りっぱな横綱になるよう精
進いたします」
と応えていた。
二代目横綱「若ノ花」がうまれた瞬間であった。
若の花というのは、わたしの子供の頃は相撲界のヒーローで、『若乃花対栃錦』の闘いは、おやじたちがよく話題にしていたことを覚えている。
初代若乃花はこの横綱が所属する部屋の二子山の親方で、テレビでもこの伝達のときにも、横綱のとなりに座っている姿が見られた。
われわれと、同い年の横綱誕生でうれしかったこともあり、Yの家で話題に。
私「なあ、若三杉がとうとう横綱になったなぁ」
Y「ああ、二代目若乃花になったんだろ。若三杉のままでよかったのになぁ」
私「なんで?」
Y「だって、若乃花って名前だと、プレッシャーがきつくないかぁ?」
私「そうかなぁ?」
Y「俺ならいやだよ。先代が偉大な関取で、その名前で相撲をとるんだろぅ。先代と同等かそれ以上の成績を上げないと『名前負け』してるって、いわれるじゃないか」
私「だけどまぁ、伝統芸能には、先代の名跡を継ぐっていう慣習があるからなぁ・・・名前そのものが財産だしさぁ」
Y「たとえば?」
私「歌舞伎では、『市川團十郎』『中村鴈治郎』とか、落語なら『三遊亭圓生』『桂春団治』、能でいえば・・・・」
Y「いいよ、もう・・・」
私「にっぽんだけの慣習かもなぁ・・・」
Y「そんなことはないと思うぜ。アメリカだって、映画の2代目『ジェームスボンド』って『007シリーズがあるじゃないか」
私「・・・・・・・・」
若葉して命めでたき新茶かな(中勘助)