昭和60年ごろ、ある大学から駅に向かって、国文学者のF先生と歩いていた。
F「おお・・・ここらあたりの田んぼは、稲がすっかり刈り取られてますねぇ・・・
まさに9月の小田刈月ですねぇ・・・」
私「おだかりづき・・・ですか・・・」
F「そう。秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ・・・ですねぇ」
私「てんち・・・てんのう・・・でしたか?・・・」
F「そう言われてますね。
ま、稲刈りはたいへんなんですよ。
わが家近くの農家さんも家族総出で稲刈りをするっていってましたからねぇ・・・
まさに 『苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ』 の状況ですねぇ」
私「え?」
F「ははは・・・農業はたいへんだってことですよ。
だけど、いいですね日本語は・・・四季をあらわす言葉がいっぱいあって」
私「そうですね・・・
だけどさっき先生がおっしゃった 『おだかり』 ってどう書くんですか?」
F「しらない?小さいに田、刈るって書くんですよ」
私「田と刈るは意味として、分かりますけど・・・
小さいがなぜだかちょっと分からないんですが・・・
丁寧語の『お』なら御って書くんじゃないんですか?」
F「ああ・・・なるほどね。
この『お』っていうのはどちらかというと、単なる接頭語なんでしょうね。
発音上の調子をつける意味のないことばというか・・・
それをかわいいとか、ちょっととか、小さいっていう意味と合うから
小がついているんじゃないのかな」
私「ぇぇ・・・・?」
F「なっとくできない?
じゃぁね、 たとえばこの場合に、大の字を付けたらどんな感じがする?」
私「おおだかり・・・ですか?」
F「ね・・・『人だかり』でもしてるみたいで、
秋の静かな雰囲気にあわないでしょ?」
私「・・・・・・・・」
うすうすと刈田の匂ひ日に残り(上村占魚)