昭和60年のころ、ある大学の講師控室で国文学者のF先生と、よもやま話をしていた。
F「ところで、のりもくん。
今日は『振袖火事』があった日だってこと知ってますか?」
私「え?歌舞伎なんかの演目になってる
『八百屋お七』がでてくるやつですか?」
F「いえぇ、ちがいますよ。よく混同されるんだけど、
振袖火事っていうのは
1675年に起こった『明暦の大火』のことをいうんですよ。
あなたの言ってるのは、
1683年に起こった『天和の大火』でのエピソード劇なんです。
明暦の方は、主人公が『大増屋のお菊さん』なんですね」
私「お菊?・・・・」
F「ええ。この女性はいろいろな名前でよばれてるんですけどね。
このお菊が上野へ花見にいって、そこで寺小姓の美少年にひとめぼれして、
恋焦がれて16歳の若さで亡くなっちゃうんですよ。
その後、お菊が着ていた振袖がつぎつぎと人手に渡っていったんだけど、
その振袖を着た娘はみんな若死にすることになって、
火の手が上がって、大火事になったっていうだけなんですよ」
私「ああ・・・なにか聞いたことがありますよ。
だけど、どちらも、女性の恋の情念がテーマなんですねぇ」
F「そうですね。だけど、お菊さんの方は目立った演劇は作られず、
お七さんの方は、悲恋物語として、
西鶴五人女や歌舞伎、浄瑠璃にも取り上げられて、作品になってるでしょ」
私「なんでお菊さんの方は演劇にならないんですかね?」
F「分かりませんね。だけどまぁ・・・
八百屋お七のように、恋物語は男と女が、絡み合って回りもハラハラしないと
面白くないでしょう・・・」
私「・・・・(なるほど)・・・・」
世の中は花に振袖松に鳶(正岡子規)