大学院生は2年目の6月ともなると、そろそろ、学部でいう卒業論文に当たる修士論文のテーマを決めなければならない。
学部では論文を書いた経験のないわれわれには、テーマを選ぶということも、難題であった。
ある日、他大学に就職の決まった先輩が、
「修士論文のテーマっていうのは、一生背負うテーマになるから、よく考えて選べよ。まぁ、美人さがしといっしょだな」と教えてもらった。
わたしは、困惑するばかりであちこちの先生と相談すると、わが恩師は
「テーマは好きなものを選びなさい。ただし、僕と同じテーマはだめだよ。それは、君より先に、30年以上かけて磨きをかけてるんだから。君が何を書こうが、特にアラばかり見えるので、だめ」とのこと。
新進気鋭の若手のF先生いわく。
「テーマは自分の好みだよ。最先端のものでも、古いものでもなんでもいいさ。ただね、最近の議論が分かってないといけないから、少なくとも英米文献は読まないとね」とのこと。
中堅のM民法教授に尋ねると。
「ウゥゥンンン・・・・なんともいえないなぁ・・・私の経験を言うとね、修士論文というのは、テーマが大きいからその論題そのものから脱却するというか、自分なりに解決をして、次のテーマに取り掛かるのに最低10年掛ったんですよ。他の同僚をみてもそういうことが多くてねぇ。それがいいか悪いか、わからないんですねぇ・・・・」とのこと。
混乱の極みのなか、商法の俊英H教授に講義が終わってから相談すると、
「うん、論文のテーマ選択はね、まず、論題というかテーマを先に決めてしまうんですよ。そうすると、自然と集めるべき本、資料が決まってくるし、集まってくる。無理に探さなくとも集まってくるのね。それを読んでまとめて筋道を決めて書けばできます」と。
この話しを先輩にすると、
先輩「おおぉぉ、それぞれの先生の特徴が出てるなぁ」
私「どうしてですか?」
先輩「考えてみろよ。例えばな、H教授は研究者能力が抜群で、いわば学問上の男前じゃないか」
私「ええ。そうですね」
先輩「男前は何もしないでも、美人がやってくるだろうが」
私「・・・・・・・・」
朝の眼に紫陽花しばし大きかり(二村典子)