Yの家での話し。
私「なぁ、玄関前のアジサイ、きれいに咲いてるなぁ」
Y「うん、いいだろう。ところで、アジサイの花だと思ってる部分ってガクだって知ってる?」
私「え、ガクって花を支える、根元の緑の部分のことか?」
Y「そうさ、本来、アジサイの花は一番小さい実のようにしかみえない部分だけが花なんだけどさ、変化して、ガクがおおきくなって色づいてるんだってさ」
私「へぇぇぇ~~~。良く知ってるなぁ。それも植木屋さんに聞いたのか?」
Y「はははhahaha・・・・まあな。それに、アジサイは日本古来の品種で、万葉集にも歌われてんだぜ」
私「へえぇぇぇ~~~教養者だねぇ・・・。どんな歌?」
Y「まてまて、書いてあるから」
私「なんだぁ、用意してるのかよ」
Y「いいかぁ。
『言問わぬ木すらあぢさゐ諸弟(いらと)らが練りのむらとにあざむかれけり』
(大伴家持)
とか、
『あぢさいの八重咲くごとく弥(や)つ代に見ませ我が背子見つつ偲はむ』
(橘諸兄)
とかさ」
私「うん?で、意味は?」
Y「ええっぇと、家持の方は
『ものを言わないアジサイのような私でさえも「あなたがわたしを恋しているよ」という諸弟のことばにうれしくなってすっかりだまされてしまったのですよ』って言って、
相手が自分をだましているんじゃないかって駆け引きしてるとさ。
橘諸兄の方は
『アジサイが八重に咲くように、あなたも八代も末永く元気であられるようにこの花を見ながらお祈り申し上げます』
ってことらしいよ」
私「うん・・・何かアジサイの使い方の意味が、家持と橘諸兄では『陰と陽』でちがうなぁ」
Y「そりゃそうさ、アジサイだぜ。七色に変化するんだから」
私「・・・・・・・」
あぢさいや花と露との重みにて(正岡子規)