昭和59年11月、新札が発行された。
アルバイト先である専門学校での、先生方の話し。
いちばん若い簿記会計のT先生が先輩のO子先生に口火を切った。
T「今日、新札発行されたでしょう?O子先生、手に入れられました?」
O子「ということは、あなた早速、銀行へ行ってきたんでしょ?」
T「ははは・・・銀行じゃなくて郵便局なんですが・・・・」
O子「おんなじことじゃないの。まったく子供みたいなんだから」
T「じゃあ、見なくていいですか?」
O子「せっかく持ってるんだから、見せなさいよ」
T「もう・・・結局、見たいくせに・・・・」
みんなで、ああでもない、こうでもないと、わいわい話している。
O子「さすがに、新札ね。重厚だし、いい香りがするわ。この人物そのものの透かしがあるのも、新しい技術のたまものってテレビで言ってたわよ」
T「ええ、これも偽造防止の技術で、インクも特殊なものを使ってるんですって」
O子「へええぇぇ・・・だけど、福沢諭吉と夏目漱石は分かるんだけど・・・新渡戸稲造ってどういうひとだか知ってる?」
T「いやぁ、なにかニュースで言ってたんですけどねぇ・・・」
ここで、みんなが黙り込んだのである。ちょっと離れて聞いていた最年長のE先生に
O子「E先生、ご存じですか?」
E「さぁ?・・・ま、いいじゃないですか。新渡戸さんっていうのも、えらいひとなんだろうけど、そのうち、みんなお札の肖像画が誰だったかなんて、どうでもよくなるんですから」
全員「・・・・・・・・・・・・」
短日の紙幣をつまむ天邪鬼(飯田蛇笏)