乗馬用の馬が坂道を下って来て、すれ違った。
わたしと並んで歩いていた同学年のOが唖然としている。
O「おい、大学内でう・う・・うまが歩いてるよ・・・」とわたしにいう。
私「ああ、それがどうした?」
O「それがどうしたって・・・大学構内じゃないか、ここ・・・」
私「馬だって生きてるんだから、歩くだろぅ」
O「そうじゃなくってさ・・・あの・・・」
Oは他大学出身で、大学院からわれわれの大学に入って来た。
そのため、わが大学の乗馬用馬場が学舎の最後尾にあって、馬術部が練習前後に、部員がよく馬を連れて歩くのを知らないのである。
O「あぶないじゃないか、学生なんかがいっぱいいるんだぜ・・・暴れだして、けが人が出たりしたらどうするんだよ?」
Oの出身大学は敷地がちいさいのであろう、そのような光景は見られないのが分かる。
さらに、彼の専攻は刑法で、わりとそうした事件や事故に関わるかもしれないことに敏感であった。
私「だいじょうぶだよ。現に俺が大学生のときから、学生が世話している乗馬馬が暴れたなんてことは一度もないし、馬を歩かせるのは、たいてい朝夕の学生がまばらなときだけだよ。時代劇の見過ぎじゃないのか?怖がる方があぶないんだぜ」
O「お前たちは、変なことに慣れてるんだなぁ」
私「変なことかぁ?」
O「ま、そういうのを『馬耳東風』とでもいうのかなぁ」
私「ちがうよ。『泰然自若』と言ってくれよ。人聞きの悪い」
やせ馬を飛ばして東風の牧夫かな(鈴木洋々子)