norimoyoshiakiの日記

昭和40年の後半からの学生生活と、その後のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

契約更改

 昭和46年12月、巨人軍長嶋選手の契約更改の記事がスポーツ新聞に載った。

この時の長嶋選手の年捧は5,000万円ちかくだといわれている。

 

真偽のほどは分からない。

なぜならば、プロ野球選手の俸給は秘密であり、推定にすぎないからである。

 

しかし、その金額も、およそ一般人の数十倍であり、夢のような、あこがれの金額でもあった。

 

記事では、長嶋選手は

「僕の場合でいうと、契約金は1,800万円でしょ。10年前の1,800万円というのは、一つの社会問題だったんですよ」と昭和43年頃に言ったと伝えられていた。

 

 そのとおりであろう。

長嶋選手は球界の頂点に立つあこがれであり、スーパースターであるから、その報酬額も毎年ニュースとなった。

その報酬額は日本一であるし、そうでなければならなかった。

 

 翌年の昭和47年、長嶋選手は不振で、同僚のこれまたスーパースター選手である王貞治選手に、成績が及ばなかった。

 

 野球すずめは、ことしは、王選手が長嶋選手の年俸を抜くだろうとカシマシクさわいでいたのである。

 

    さて結果は・・・・・・?

 

       賞与の日そら豆が出て湯も沸いて(高澤良一)