AがBに家を売って、そのあと、AがCに同じ家を二重に譲渡したとき、BとCはどちらが、その家の所有権を取得するのか、というのが民法物権法の典型問題である。
2年生のとき、講義でM教授が、物のGewere(ゲヴェーレ:古いドイツ法原理で占有権とむすびついた概念といわれる)という性質から始まって、BとCの所有権のぶつかり(これを対抗というのだそうである)を微に入り、細にわたって説明を加えてゆかれるのである。
図にするとこうなる。
(家屋の二重譲渡) A ───→ B
❘
❘
↓
C
3年になって、M教授の民法ゼミナールを履修している悪友Hと、はなしたとき。
「おい、まだ物権の二重譲渡ゲヴェーレについて議論しているのか?」
「ああ、そうだよ」
「よく、あきないなぁ」
「だって、あれはM教授のライフワークテーマだもん」
「それで、お前わかるのか?」
「うん、多少はね。だけどまあ、あれは、昔の考えにたどり着くための『呪文』のようなものだね」
「なんで?」
「だって、ゲヴェーレって、物権二重譲渡の起源を考える基本だろ?今の法制度には直接には関係がないもの。大事な考えだとは思うけど、学者先生にしか、あれは意味がないし、われわれには、むかしのローマ法を垣間見るための『呪文』のようなものさ」
なるほど、そういう考えもあるかぁ、と妙に納得した。
葛湯とく呪文唱ふるここちして(高澤良一)