
昭和60年頃の昼休み。ある大学の講師控室で、国文学者のF先生と話していた。
F「おや・・・雨音がする・・・
そうだ・・・のりも君、今日は時雨忌なのを知ってますか?」
私「え・・・しぐれ・・って・・あのつゆ時に降る雨のことじゃないんですか・・・」
F「ちがいますよ。それは五月雨で、
時雨っていうのは『秋から冬にかけて降ったり止んだりする雨』
のことを言うんで、今の時期に降る雨のことですよ。
情緒があるでしょ。
だから、よく俳句なんかの題材になるんですね」
私「はは・・・大間違いでしたね。失礼しました」
F「それでね、例えば
『旅人と我名よばれん初しぐれ』
なんて句があるんですね。誰の句だと思います?」
私「・・・・え・・・・」
F「ヒント・・・古池やかわず飛び込む水の音・・・・」
私「え・・・芭蕉・・ですか?・・・」
F「そう、正解。
今日はその芭蕉が亡くなった日で、
芭蕉は生前にだいたい21句の時雨を題材にした俳句をつくってるんですよね。
だから芭蕉忌を別名『時雨忌』っていうんですよ」
私「へぇぇ~~~・・・」
F「私は芭蕉のこの句、好きなんですよねぇ・・・
芭蕉が旅に出るそのときにパラパラって音を立てて雨が降ってきて、
その雨が秋の始まりと、これから旅立ちをするという合図になってる
っていう秋の情景が目に浮かぶでしょ・・・
何か一幅の絵をみるようじゃないですか・・・」
♪ キ~ンコン カ~ンコ~ン・・・・
私「あ!学校しぐれが鳴りましたよ 先生」
F「・・・・・・・・」
しぐるるも風鐸は音せざりけり(阿波野青畝)