大学院学舎の玄関を出るとき、文学部系の学生が傘をひろげながら、
A「ええぇぇぇぃぃ~~~、もう。中村仲蔵みたいに、良い工夫の『きっかけ』でもみつからないかなぁ」
B「ははは、江戸時代じゃあるまいし、そりゃ無理だよ」
A「もう、仲蔵みたいに雨の中をはしりまわってみるかぁ」
B「はっははハハハぁぁぁ」
どうも、修士論文をどう書くかということらしい。
私には、何がなにやら分からなかった。
後年、講談を聴いていると、この「中村仲蔵」が出てきた。
主人公の中村仲蔵というのは、江戸時代の名優で、いままで人気のなかった忠臣蔵の五段目をすばらしい工夫によって、大人気の演幕にしたのだそうである。
役柄の『斧定九郎』をどのようにあでやかなものにするかに悩んだ。
この役作りのきっかけになったのが、仲蔵が急に雨に降られて、そば屋に飛び込んだ時、あとから、同じく雨に降られて、破れ傘のためびしょぬれになった浪人があらわれたためだという。
その浪人の様子が、講談では
「黒羽二重の引き解きという 袷の裏をとったもので これに茶献上の帯を締め、蝋色つや消しの大小、落とし差し、雪駄は腰に挟み、蛇の目の傘、ドーンとそこへ捨てる、
月代をぐっと手で押さえると、 たらたらたらっと雫が垂れる、
袖をしぼって、これオヤジ 寒いな、 蕎麦をくれぃ・・・・
・・・・へぇぇぇぃぃぃ~~~」
トントントンと話が進む。
あ!これかぁ!!!
中村仲蔵が五段目で演じる役の、衣装、しぐさのインスピレーションがわいた瞬間である。
あの院生たちって、こんな世界の中で勉強してたのかぁ・・・・
いいなぁ・・・・
時雨来て迷ふこころの雨宿り(佐野十三男)