norimoyoshiakiの日記

昭和40年の後半からの学生生活と、その後のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

ミナミ

 大学生のとき、テレビで「あかんたれ」(作:花登 筺)というドラマが放映されていた。

わたしは、このドラマをおもしろく見ていた。

この劇のシーンのなかで、

 

  ♬ 梅が枝のぉ~ 手水鉢 叩いてお金が出るならば~

      若しもお金がでたならばぁ~ もしもお金がでたときわ~・・・・・ ♪

 

と三味線と太鼓に合わせて、若旦那役の役者がおどり狂っている姿があった。

 

 設定は、ミナミ新地での大正や昭和のはじめまでのあそびの再現である。

わたしは、へぇぇぇ~、ミナミでも梅に関係するような事が何かあるのかと思って、調べてみた。

 どうも、勘違いである。

 

 大元は静岡県掛川の無間地獄の鐘で、これを叩くと大金が手に入るという伝説が起源となっている。

その話しが江戸時代になって、浄瑠璃の『ひらかな盛衰記』に妻の「梅が枝」が夫「梶原景時」の戦費をねん出するために、「無間の鐘」に見立てた手水鉢を叩いたという話しになったのである。

 

 このことを、中学生のときからの友人Yと話していて、

Y「うん、それでなんで『ちょうずばち』なんだよ?鐘を叩くならわかるけど・・」

私「そりゃ、浄瑠璃作者に聞かないと分かんないよ。だけどその方が演出としてはいいんだろうさ」

 

Y「ああ・・、で、奥さんはなんで梅が枝なんだ?」

私「これもな、梶原景時って鎌倉武将はさ、矢を入れておく籠、これを『箙(えびら)』っていうんだけど、この箙に梅の枝を入れて戦ったんだってさ。いわば『箙の景時』って別名もあるから、それと関係づけてんだろ」

 

Y「おい、ミナミと梅はまったく関係ないじゃないか」

私「ああ、そうだな。まあ、『梅が枝』との関連でいえば、大阪はむかしから浄瑠璃が盛んだし、ミナミの遊び場で浄瑠璃題材の『梅が枝』ってのは受けがいいから、はやったんじゃないのかなぁ?それに、お金がほしいなんてばかさわぎを『カンカンノウ』で歌って、踊るなんて、大阪らしいじゃないか」

 

Y「ああ。だけど、芸としちゃあ、ちょっと品がなくないかぁ・・・・」

私「ううぅぅンンンン・・・・・・」

 

     早梅のどこか香りのただよへる(稲畑汀子