♬ みぞれまじりの 春の宵
二人こたつに くるまって・・・・
ああ ああ 春うらら ああ
ああ 溶けあって・・・
(春うらら 作詞:最首としみつ・中里綴 作曲:田山雅充実)
カーラジオから、この曲が流れている。あったかい、というより、暑い。
セーターを脱いで、本を車のうしろに積み込んでいた。
ひさしぶりに、大学同期でいちばんの悪友Kから電話がかかってきて、
「おい、のりもぉ。中央公論社の「日本の歴史」全26巻本いらねぇかぁ?」との第一声。
「うん?どうしたんだよ」
「実はな、引っ越すんだよ」
「なんだよ?結婚でもするのかよ」
「いやぁ、今の家が借家だろ?家主が取り壊して、新しいビルにするんだってよ。この機会に、おやじとおふくろと俺とで家を買うことにしたんだ。それで、本を整理してるんだが、法律の本なんて古いのは処分するとして、『日本の歴史』全集はお前の勉強の役に立つかもしれんと思ってさ、電話してみたんだ」
「おお、そうかぁ。その全集はなかなか手に入らないんだぜ。法律とは直接関係しないけど、思想背景の研究をするときの手引きには、ちょうどいい入門書だっていわれているんだ。くれるなら、もらいに行くぜ」
「そうかぁ。じゃあ、遊びがてら、今度の日曜日にうちへ来いよ」
それから、1週間後に冒頭の状況となった。
積み込んでいるとき、ひさしぶりに、Kのお母さんと会った。
Kのお母さんは、病院勤務の夜勤がえりである。
ごあいさつをしたとき、
お母さんが、けげんそうな顔で
「のりもくん?あんた、こんな本、使うの?」と聞かれた。
ははは、使うんですよぉ・・・ロエスラーっていうのが、日本商法の先駆者で、この人が明治に日本にやってきて・・・とは言えず、ただ笑っていた。
お母さんの不思議そうな顔がそこにあった。
実際、この全集は、わが仕事の基本資料となり、わたしが仕事をやめて、知人の文学を研究するひとに譲るまで、わが家に安置されていた。
あたたかい、春の昼下がりであった。
この曲を聞くたびに、Kのお母さんとの会話を思い出す。
なつかしい・・・
引越しの荷より辞書出す小春かな(秋山裕美)