昭和51年7月田中角栄元首相が逮捕された。
すさまじいばかりの衝撃が走ったのである。
「え、元総理大臣が逮捕されるのか?」
もちろん、ロッキード事件での収賄側であるとの容疑で、5億円の金銭不正受領が問題となったのである。
しかし、元総理が、わいろを受け取って逮捕だなんて・・・・時代劇じゃあるまいし、というのが大方の見方であった。
田中角栄氏は今太閤と呼ばれ、小学校しか卒業していないのに、総理大臣の地位にまで上り詰めたとして、総理就任当時は、国民の間で大人気であった。
その政策も特徴的で『日本列島改造論』を打ち上げて、公共事業の拡大による景気上昇を促したのである。
しかし、昭和49年に金脈問題が起こり、これをきっかけにして、彼の権勢が衰えてゆく途中であった。
世間では、いやぁ、総理大臣までやったひとが、刑務所行きということはないだろうというのが、おおかたの見方であった。
実際、むかしY内閣のときに、造船疑獄事件が起こり、このとき自民党幹事長であったS氏がこの被疑者となったが、Y内閣の法務大臣が検事総長に対して『指揮権』を発動して、その逮捕を阻止したという話をニュースで報じており、これと同じことになるだろうというのであった。
あにはからんや、今太閤は東京地検に逮捕され、1か月間拘置所に拘留取り調べを受けて、やっと、保釈で8月に帰宅したのである。
ここから、長い裁判の末、平成5年に本人死亡によって、公訴棄却、審理打ち切りとなったのである。
本人死亡によって、大きな事件がかたづくというのは、まさに、豊臣秀吉の場合と同じであると思われる。
両者とも太閤さんですから。
乱心のごとき真夏の蝶を見よ(阿波野青畝)