大学3年生になると、法学部では、外国法を1つ勉強することになっていた。
普通は、わりと楽な『イギリス法』を選択するのであるが、悪友のひとりSは『ドイツ法』を選択したのである。
Sの性格は粘り強く、問題解決にあたっては、ひとつひとつ論理を積み重ねてゆくというタイプである。
具体的にいえば、レンガ壁を作るとき、設計図にしたがって、レンガをひとつづつ吟味してまず載せてみてあちこちから見て納得がいったらセメントで固めてゆくという学生である。
決して、頭が悪いわけではない。むしろ、頭は良い方だといえる。そのSが、法学部の若手ホープF講師の、手形小切手についての論文を読む『ドイツ法』を選択したのである。
F先生は大学に就任して2年ほどであり、俊英の切れ者として、学生の間では恐れ?られていた。
Sは1週につき3日は手形小切手法の分厚い本とともに、『ドイツ法』でつかう原文の手形法論文を読まねばならないことになった。
あるとき、へとへとになって、たまり場にやってきたSが、
「あぁぁ~、頭が爆発するぅ~」という。
どうしたと尋ねると、
「まず、1回の授業でA4判のドイツ語文を3ページから5ページ、多い時は10ページほど読んで訳をするんだ。もちろん、訳は学生がするんだぜ。そのあと、先生が『切れっ切れ』の解説をされるが、つづいて、にやっと笑われて、日本法ではどうなる? S君、と尋ねてくるわけさ」
「ほかの学生もいるだろう?」
「登録者は俺を含めて4人だけだし、あとの3人が今日なんか、でてこないんだよ!」
みんなが、
「だから、いったじゃないか!あの授業はやめとけって」
しかし、結果、Sは学年末、『ドイツ法』は優の成績であった。
鱧を切る包丁梅雨を研ぎすまし(長谷川かな女)
きれいに料理された鱧(はも)のSがいた。