悪友のひとりに、Mという男がいる。彼は地方の進学公立高校出身で、父上が地方公務員をしているひとりっ子であった。素直に育っているし、頭も悪くない。
ただ、ひとりっ子ゆえの特徴として、あまり競争心がなく、マイペースに淡々と自分のなすべきことをするというタイプであった。
大学4年間の生活費は、自分で家庭教師などの軽いアルバイトでかせぎながら、学業にはげんでいる。
彼自身はいつも、
「俺は、ニヒリストだから。小さいことにはこだわらず、いつも冷徹な精神をもってすごしている」というのが、口癖であった。
いわば、当時はやった「眠狂四郎」(「柴田錬三郎」作)の心境だそうである。
あるとき、みんなと学食で昼食をとっていると、Mが遅れてやってきて、開口一番、ぶつぶつとみんなに不満をいいはじめた。
きいてみると、定食Bが20円値上がりしていることへの不満であった。
気持ちが分からないでもないから、みんなが、この不満を聞いていた。
ひととおりのぐちが済むと、Mと高校からの友人であるKが
「おい、Mよ。おまえの普段のニヒリズムは、20円でこわれるのかよ?」
とからかった。
一同、大笑いとなった。苦笑いするM。
このとき、世間では狂乱物価という嵐が吹き荒れていた。
折々の談笑ありて暑からず (高野素十)