norimoyoshiakiの日記

昭和40年の後半からの学生生活と、その後のことを日記にしています。ご意見をお待ちしています。

ソフトボール

大学3年生になると、体育実技がなくなる。大学へきて、講義をきくなど、座ってばかりいるとどうしても運動不足になって、無性にからだを動かしたくなる。

 大学事務室にゆくと、グラブとバットをかしてくれるので、手続きをして数人でソフトボールをすることになった。

 

 さて、数人をふたつに分けて勝負をするのであるから、負けた側に罰を与えようということになった。

 何を罰ゲームとするか、そのとき、グラウンドの横に献血車が止められていて、献血を呼びかけている。

 

 Fが「あれにしよう」と献血車を指さす。

みんなが、「ええっ、負けた側が献血するのかよ」

F「ああ、運動をして社会貢献!!ナイスだろぅ」

みんなが、黙る。

 

 よし、開始。みんなが必死となった。もし、負ければ疲れたうえに、献血しなければならないといういわば二重苦である。

そして、Fの側が負け。

 Fは自分が言った手前、率先して、献血に向かった。

 しかし結局、このソフトボールのあと、参加者全員が献血車へむかっていた。

 

 小一時間後、献血のお礼のトマトジュースを持って、みんながたまり場にやってきた。

 開口いちばん

Fが「やっぱり、しんどいわ・・・・・」

    

        場所あれば球遊びして梅雨晴れ間(山田六甲)