高校を卒業して、2・3年たったある日。大学へゆくため、朝の満員電車に乗っていた。
ある駅に止まったとき、若いサラリーマンが電車に乗り込んでくると、
ドアのそばに立っているわたしをみて、
「おい、ノリモ、ひさしぶりやなぁ。元気か?」と声をかけてきた。
わたしは、朝の眠さと朝食ぬきの、ぼぉっとした顔でそちらを見ると、高校のときの親友Tである。
モスグリーンの仕立てのいいスーツ、ちょっとおしゃれな淡いピンクのシャツとトラッドネクタイに、ぴかぴかの革靴に身を固めた友人が笑っている。まさに、社会人となって2・3年目の自信に満ちた姿があった。Tは東京勤務を終えて、この春、ひさしぶりに大阪に戻ってきたらしい。
「え、こいつ、むちゃくちゃ、かっこええやん」(わたしの心の声)
わたしの方といえば、流行(はやり)とはいえ、色の落ちたジーンズを履き、よれよれのワイシャツにスリッポン靴を履いて、教科書などの入ったかばんを抱えていた。何という差か!
家にかえって、母親にそのことを話すと、
「そらそうやん。Tくんはあんたと、出来がちがうの。そのうちに、かわいい奥さんをもらわはるわ。あんたも、しっかりしぃ。」だと。
「もう。こっちは、まだ学生やん。比較するなよ・・・(心の中で抵抗)」
母親の見立てどおり、少しして、Tから、婚約者をつれていくから会おうぜ、との連絡があった。